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<title>切取線</title>
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<tagline>２７歳フリーター</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2005, Benny Delon</copyright>
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<title>いよいよ</title>
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<created>2005-04-10T02:53:00Z</created>
<summary type="text/plain">明日月曜日で研修が終わる。同期の人たちとはたったの１週間しか一緒にいなかったけれど、ずっと友だちだったような気がする。他人の名前を覚えるのが苦手な僕には珍しく、もう３０人全員の名前を覚えた。 木曜日に行われた僕が配属される課の呑み会では先輩の方々が皆「同期を大切にしろよ」と言っていた。研修のときも講師の先輩が、「新人は一週間同期とだけ飲み続けろ」と言っている。組織は基本的に縦割りなので横の繋がりを作るのが難しいからだそうだ。 明日の夕方には課に配属される。緊張するべきなのだろうけれどまだ緩い。...</summary>
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<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>明日月曜日で研修が終わる。同期の人たちとはたったの１週間しか一緒にいなかったけれど、ずっと友だちだったような気がする。他人の名前を覚えるのが苦手な僕には珍しく、もう３０人全員の名前を覚えた。</p>

<p>木曜日に行われた僕が配属される課の呑み会では先輩の方々が皆「同期を大切にしろよ」と言っていた。研修のときも講師の先輩が、「新人は一週間同期とだけ飲み続けろ」と言っている。組織は基本的に縦割りなので横の繋がりを作るのが難しいからだそうだ。</p>

<p>明日の夕方には課に配属される。緊張するべきなのだろうけれどまだ緩い。</p>]]>

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<title>同級生</title>
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<modified>2005-03-16T15:22:36Z</modified>
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<created>2005-03-16T14:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">お世話になっているイタリア料理の店で働いていた人と来週あたり奈良に旅行に行こうと話をするため自宅近くのデニーズで遅い夕食をとった。彼は５月末に自分の店を開く。何か手伝えたらと思う。 僕の席からみて左斜め後のボックスには中学時代に何度か遊んだことのある女の子が男性と一緒に座っていた。彼女は格闘技ゲームが大好きでゲーセンでバイトしていたのを見たのが最後だった。外見は全く変わらない。地元っていいなと思う。 食事を終え、レジの前を通って帰ろうとしたらレジのおばさん（お姉さん？）が体を少し斜めにして後ずさって「え？」と言った。ちょっと痩せたからだでやつれているのかえくぼなのか頬がへこんでいる。僕も合わせて「僕を知っていますか？」と聞く。そういえばこんな顔でこんな動きをする人が中学生のときにいた。けれど胸の名札は違う名前。「ＢＤくん？」と彼女は聞き、旧姓を名乗った。彼女は「大人になったね」と僕に言った。僕もおじさんになったってことか。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>お世話になっているイタリア料理の店で働いていた人と来週あたり奈良に旅行に行こうと話をするため自宅近くのデニーズで遅い夕食をとった。彼は５月末に自分の店を開く。何か手伝えたらと思う。</p>

<p>僕の席からみて左斜め後のボックスには中学時代に何度か遊んだことのある女の子が男性と一緒に座っていた。彼女は格闘技ゲームが大好きでゲーセンでバイトしていたのを見たのが最後だった。外見は全く変わらない。地元っていいなと思う。</p>

<p>食事を終え、レジの前を通って帰ろうとしたらレジのおばさん（お姉さん？）が体を少し斜めにして後ずさって「え？」と言った。ちょっと痩せたからだでやつれているのかえくぼなのか頬がへこんでいる。僕も合わせて「僕を知っていますか？」と聞く。そういえばこんな顔でこんな動きをする人が中学生のときにいた。けれど胸の名札は違う名前。「ＢＤくん？」と彼女は聞き、旧姓を名乗った。彼女は「大人になったね」と僕に言った。僕もおじさんになったってことか。</p>]]>

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<title>すり替え</title>
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<modified>2005-04-10T04:19:51Z</modified>
<issued>2005-03-14T17:43:13Z</issued>
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<created>2005-03-14T17:43:13Z</created>
<summary type="text/plain">歯医者に行き４０３０円を支払った。一度の治療でこれだけお金を払うのは初めてだった。この金額になったのにはもちろん正当な理由があり、今回は左上奥の歯を３つ同時に銀歯にしたことによるものだった。 治療を終えた１９時からもう何時間も経つがまだ新しい人工の歯は僕の感覚になじまない。銀歯をセメントで固定した直後、うがいをするよう促されたときはかなりしみた。いやしみたというか「しみた」が１０個くらいまとまってやってきたような純粋な形の痛みを感じたので、なるべく飲み食いはしないようにしていた。 恐る恐る舌で新しい歯を撫でる。ツルリとしたやや冷たい新しい歯。質量で言えば僕の体の中の１％に満たないのに大部分が人工物に置き換わってしまった感じ。こうやって最初の自分から別の自分に徐々にすり替わって最後に物になろうのだろう。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>歯医者に行き４０３０円を支払った。一度の治療でこれだけお金を払うのは初めてだった。この金額になったのにはもちろん正当な理由があり、今回は左上奥の歯を３つ同時に銀歯にしたことによるものだった。</p>

<p>治療を終えた１９時からもう何時間も経つがまだ新しい人工の歯は僕の感覚になじまない。銀歯をセメントで固定した直後、うがいをするよう促されたときはかなりしみた。いやしみたというか「しみた」が１０個くらいまとまってやってきたような純粋な形の痛みを感じたので、なるべく飲み食いはしないようにしていた。</p>

<p>恐る恐る舌で新しい歯を撫でる。ツルリとしたやや冷たい新しい歯。質量で言えば僕の体の中の１％に満たないのに大部分が人工物に置き換わってしまった感じ。こうやって最初の自分から別の自分に徐々にすり替わって最後に物になろうのだろう。</p>]]>

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<title>贅沢な時間</title>
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<modified>2005-03-05T09:51:58Z</modified>
<issued>2005-03-05T09:20:01Z</issued>
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<created>2005-03-05T09:20:01Z</created>
<summary type="text/plain">来週、３月７日月曜日に仙台へ行く。仙台では８・９日でラーメンズのライブが行われるのだ。千葉に住んでいるのにわざわざ仙台まで行くのは旅行を第一の目的としているのではなく、東京公演のチケットが完売していたからに過ぎない。とはいえ出不精の僕がこの方法を選んだということは旅行も第二の目的ということになる。 来月１日から僕は晴れて正社員となる。履歴書の職歴の欄に自信のなさを隠すように堂々と大きな文字でアルバイト経験を書く必要はもうないのだ。そういう良いところがある反面、アルバイト特有の時間を柔軟に使える点が失われるのは悲しい。もう人混みのないディズニーランドには有給を使わないと行けなくなる。もう平日料金で民宿に泊まることも…。 そういうわけで四月からは絶対にできないこと、贅沢な時間の使い方をしたいなということで、家から仙台まで各駅停車で行くことにした。自宅から杜の都仙台までは「駅探」によるとＪＲ常磐線で６時間半〜７時間半。馬鹿みたいな数字が出る。今まで電車にそんな長く乗ったことはない。出発前から「退屈」が気になってくる。まだ読んでいないハリー・ポッターでも持っていくか。でもあの本重いよな。そのうちそれも飽きてきてイスに変な座り方したくなっちゃうかも。ふと以前どこかへ旅行に行ったときに乗った電車で、どこかのワンゲルの連中がイスの上に直立姿勢で寝ていたのにびっくりしたことを思い出す。当然後から乗ってきた人はその光景を見ながらイスに座らず立つ羽目になる。きっと彼らが下山して電車に乗った頃は車内もガラガラだったんだろうけれどそのうち人里が近くなってきてあんなことに。不自然なことはやめよう。そもそも常磐線のイスはボックス席が多いから直立姿勢でなんて眠れないだろうし。 そんなことを居間で考えていたら妹が帰ってきたので、久しぶりに話をしてみようかと声をかけた。「来週各駅停車で仙台に行くんだよ」と。予想通り妹は「なんでわざわざ各駅なの」と聞いてくる。得意げになって理由を言うと、「私だったら新幹線か特急で行って贅沢に観光して帰ってくるな」と返ってきた。正直やることがないのはつらい。やっぱり各駅はやめようか。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>来週、３月７日月曜日に仙台へ行く。仙台では８・９日でラーメンズのライブが行われるのだ。千葉に住んでいるのにわざわざ仙台まで行くのは旅行を第一の目的としているのではなく、東京公演のチケットが完売していたからに過ぎない。とはいえ出不精の僕がこの方法を選んだということは旅行も第二の目的ということになる。</p>

<p>来月１日から僕は晴れて正社員となる。履歴書の職歴の欄に自信のなさを隠すように堂々と大きな文字でアルバイト経験を書く必要はもうないのだ。そういう良いところがある反面、アルバイト特有の時間を柔軟に使える点が失われるのは悲しい。もう人混みのないディズニーランドには有給を使わないと行けなくなる。もう平日料金で民宿に泊まることも…。</p>

<p>そういうわけで四月からは絶対にできないこと、贅沢な時間の使い方をしたいなということで、家から仙台まで各駅停車で行くことにした。自宅から杜の都仙台までは「駅探」によるとＪＲ常磐線で６時間半〜７時間半。馬鹿みたいな数字が出る。今まで電車にそんな長く乗ったことはない。出発前から「退屈」が気になってくる。まだ読んでいないハリー・ポッターでも持っていくか。でもあの本重いよな。そのうちそれも飽きてきてイスに変な座り方したくなっちゃうかも。ふと以前どこかへ旅行に行ったときに乗った電車で、どこかのワンゲルの連中がイスの上に直立姿勢で寝ていたのにびっくりしたことを思い出す。当然後から乗ってきた人はその光景を見ながらイスに座らず立つ羽目になる。きっと彼らが下山して電車に乗った頃は車内もガラガラだったんだろうけれどそのうち人里が近くなってきてあんなことに。不自然なことはやめよう。そもそも常磐線のイスはボックス席が多いから直立姿勢でなんて眠れないだろうし。</p>

<p>そんなことを居間で考えていたら妹が帰ってきたので、久しぶりに話をしてみようかと声をかけた。「来週各駅停車で仙台に行くんだよ」と。予想通り妹は「なんでわざわざ各駅なの」と聞いてくる。得意げになって理由を言うと、「私だったら新幹線か特急で行って贅沢に観光して帰ってくるな」と返ってきた。正直やることがないのはつらい。やっぱり各駅はやめようか。</p>]]>

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<title>コンビニ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2005/02/post_65.html" />
<modified>2005-02-07T07:00:57Z</modified>
<issued>2005-02-05T14:00:00Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2005://2.72</id>
<created>2005-02-05T14:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">夜勤の職場の近くにコンビニがある。こう書くとコンビニがあることが特別であるように思えるが２００５年現在の日本においてはコンビニがない地域の方が少ない。連続でシフトに入るときなんかは深夜に小走りで外出し期限が切れそうな弁当を定価で買ってまた小走りで帰る。僕が今の仕事を始めた３年前からあった、店員のおばちゃんの態度は最悪で品数も少なく棚は常にガラガラ。冬なのにおでんの香りの一切しないコンビニ。 今日もバイトに向かう途中で出勤時間の調整のためコンビニに入ろうとする。年中アルバイト募集のポスターが貼ってあった扉にはマジックの手書きでポスター。１２年間ありがとうございました。とか書いてある。今月中旬に閉店するようだ。最後は「大変ありがとうございました」と結んである。感じの悪いおばちゃんの顔が浮かんだ。頭悪いからアイツが書いたんだと決めつけた。 僕は４月からこの辺りには来なくなるけれど、僕がいなくなってもこの街は今のままずっと続いていくんだと思っていた。変わるのは僕だけ。でも実際は僕のフリーター卒業に合わせたかのように街も変化していく。そういえば先月で辞めたバイトリーダーの人が、「来年はもうアルバイトなくなっちゃうかもしれないからね」と言っていたのを思い出した。もしそうなったらこれも変化の一つだ。 店内のレジに店員はいない。一番奥の棚のおにぎりやお弁当コーナーにいるようだ。僕は大抵マンガ雑誌の立ち読みのためにここを利用しているので店員さんと目が合わないのはありがたい。そのまま左へ曲がり窓際のマンガコーナーを進んでしばらく立ち読みをする。自分の時計より数分進んだ店内の丸い掛け時計を見る。まだ出なくても良い。ついでに辺りを見回すと見慣れぬバイトの女性が二人歩いていた。閉店が近いのに新人だろうか。もしかしたらフランチャイズを乗り換えるつもりかもしれない。大手コンビニ傘下から抜けて地方独特のなんとかマートをやるのかも。店員はそのままで仕入れやシステムが変わるだけ。少しだけ嬉しくなった。意外と僕はこのコンビニを気に入っていたのかもしれない。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>夜勤の職場の近くにコンビニがある。こう書くとコンビニがあることが特別であるように思えるが２００５年現在の日本においてはコンビニがない地域の方が少ない。連続でシフトに入るときなんかは深夜に小走りで外出し期限が切れそうな弁当を定価で買ってまた小走りで帰る。僕が今の仕事を始めた３年前からあった、店員のおばちゃんの態度は最悪で品数も少なく棚は常にガラガラ。冬なのにおでんの香りの一切しないコンビニ。</p>

<p>今日もバイトに向かう途中で出勤時間の調整のためコンビニに入ろうとする。年中アルバイト募集のポスターが貼ってあった扉にはマジックの手書きでポスター。１２年間ありがとうございました。とか書いてある。今月中旬に閉店するようだ。最後は「大変ありがとうございました」と結んである。感じの悪いおばちゃんの顔が浮かんだ。頭悪いからアイツが書いたんだと決めつけた。</p>

<p>僕は４月からこの辺りには来なくなるけれど、僕がいなくなってもこの街は今のままずっと続いていくんだと思っていた。変わるのは僕だけ。でも実際は僕のフリーター卒業に合わせたかのように街も変化していく。そういえば先月で辞めたバイトリーダーの人が、「来年はもうアルバイトなくなっちゃうかもしれないからね」と言っていたのを思い出した。もしそうなったらこれも変化の一つだ。</p>

<p>店内のレジに店員はいない。一番奥の棚のおにぎりやお弁当コーナーにいるようだ。僕は大抵マンガ雑誌の立ち読みのためにここを利用しているので店員さんと目が合わないのはありがたい。そのまま左へ曲がり窓際のマンガコーナーを進んでしばらく立ち読みをする。自分の時計より数分進んだ店内の丸い掛け時計を見る。まだ出なくても良い。ついでに辺りを見回すと見慣れぬバイトの女性が二人歩いていた。閉店が近いのに新人だろうか。もしかしたらフランチャイズを乗り換えるつもりかもしれない。大手コンビニ傘下から抜けて地方独特のなんとかマートをやるのかも。店員はそのままで仕入れやシステムが変わるだけ。少しだけ嬉しくなった。意外と僕はこのコンビニを気に入っていたのかもしれない。<br />
</p>]]>

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<title>図書カード</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2005/01/post_64.html" />
<modified>2005-01-27T04:25:32Z</modified>
<issued>2005-01-26T14:00:00Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2005://2.70</id>
<created>2005-01-26T14:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">僕はここ３年ばかりしている夜勤のアルバイト先は、今住んでいるところの隣の市にある。その職場の近くには市立図書館があってそれがとても整備されているのでこの仕事を初めて以来長らくお世話になっていた。何がすごいって蔵書量だけではない。新たに入ってくる本の量とその更新周期、さらには検索システムの使い勝手がすばらしいのだ。市としての規模で考えれば僕が住んでいる市の方が大きいのだけれど、図書館の質では到底及ばない。 でも残念なことにその図書館を正規に利用することはできなくなってしまう。僕は３月下旬に夜勤のアルバイトをやめるのだ。図書館を利用できる人は、その市内に住んでいるか市内で働いているかのどちらか。もとより住んでいない僕は仕事を辞めると自動的にその権利を失う。 できることならいつまでのこの図書館を利用していたい。だから仕事を辞めても図書貸し出しカードの返納はしないでおこうと思うが、気がかりなことが１つあった。それはカードのバーコード部分がかすれてきてしまったこと。僕は考えなしに図書貸し出しカードを定期入れに入れておいたので、カードを出し入れするたびに指がバーコード部分を触って摩耗させていたのだ。気付いたときには遅く読みとりに時間がかかるようになっていた。 こういうとき誰でも思いつくのがカードの更新である。でもそれには職場の証明書が必要だと司書の方に言われた。僕はアルバイトの身分なのでそれを会社が出してくれることはない。最初にカードを作るときは司書の方が新米だったせいか「証明書は今は持ってないんですが」の一言で無事発行してもらえたのだ。 僕は日を置いて複数の分館に足を運び、新米の司書さんを探していかにも善良そうな生真面目な会社員を装いカードを更新してもらうよう頼んだが、皆証明書の提示を求めてきた。教育が行き届いている。 そして今日のこと。ついにチャンスがやってきた。数日前に図書検索システムのバージョンアップが行われていたのだ。きっと司書の方々も不慣れに違いない。案の定司書カウンターの上の液晶モニターを除くと刷新されたインターフェースが見える。手元のバーコードリーダーも少し形が違った。僕は生真面目善良スマイルを意識的に浮かべさも「文字がかすれて困っています」という顔をしてカードを差し出した。司書の方は４０代くらいの女性。彼女は手続き用の書類を僕に手渡す。今回も駄目かもしれないと冷静に個人情報を記入し女性に返す。この時の僕は演技ではなく本当に心配そうな顔をしていただろう。かくして数分後、新しいカードを手にすることができた。証明書はいらないんですかなんて野暮なことは聞かない。僕は笑みを浮かべお礼を言ってゆっくりと図書館の出口を目指す。ちょっと後を振り返る。僕の書類を先ほどの女性の司書さんと男性の司書さんが見て何かを話していた。男性はちょっと困ったという顔をしているように思えた。バレたかもしれない。でも僕に非はない。証明書の提示は求められなかったのだから。盗難防止用のゲートを通過する。誰も追ってこない。走り出したくなるのと押さえるのが大変だった。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>僕はここ３年ばかりしている夜勤のアルバイト先は、今住んでいるところの隣の市にある。その職場の近くには市立図書館があってそれがとても整備されているのでこの仕事を初めて以来長らくお世話になっていた。何がすごいって蔵書量だけではない。新たに入ってくる本の量とその更新周期、さらには検索システムの使い勝手がすばらしいのだ。市としての規模で考えれば僕が住んでいる市の方が大きいのだけれど、図書館の質では到底及ばない。</p>

<p>でも残念なことにその図書館を正規に利用することはできなくなってしまう。僕は３月下旬に夜勤のアルバイトをやめるのだ。図書館を利用できる人は、その市内に住んでいるか市内で働いているかのどちらか。もとより住んでいない僕は仕事を辞めると自動的にその権利を失う。</p>

<p>できることならいつまでのこの図書館を利用していたい。だから仕事を辞めても図書貸し出しカードの返納はしないでおこうと思うが、気がかりなことが１つあった。それはカードのバーコード部分がかすれてきてしまったこと。僕は考えなしに図書貸し出しカードを定期入れに入れておいたので、カードを出し入れするたびに指がバーコード部分を触って摩耗させていたのだ。気付いたときには遅く読みとりに時間がかかるようになっていた。</p>

<p>こういうとき誰でも思いつくのがカードの更新である。でもそれには職場の証明書が必要だと司書の方に言われた。僕はアルバイトの身分なのでそれを会社が出してくれることはない。最初にカードを作るときは司書の方が新米だったせいか「証明書は今は持ってないんですが」の一言で無事発行してもらえたのだ。</p>

<p>僕は日を置いて複数の分館に足を運び、新米の司書さんを探していかにも善良そうな生真面目な会社員を装いカードを更新してもらうよう頼んだが、皆証明書の提示を求めてきた。教育が行き届いている。</p>

<p>そして今日のこと。ついにチャンスがやってきた。数日前に図書検索システムのバージョンアップが行われていたのだ。きっと司書の方々も不慣れに違いない。案の定司書カウンターの上の液晶モニターを除くと刷新されたインターフェースが見える。手元のバーコードリーダーも少し形が違った。僕は生真面目善良スマイルを意識的に浮かべさも「文字がかすれて困っています」という顔をしてカードを差し出した。司書の方は４０代くらいの女性。彼女は手続き用の書類を僕に手渡す。今回も駄目かもしれないと冷静に個人情報を記入し女性に返す。この時の僕は演技ではなく本当に心配そうな顔をしていただろう。かくして数分後、新しいカードを手にすることができた。証明書はいらないんですかなんて野暮なことは聞かない。僕は笑みを浮かべお礼を言ってゆっくりと図書館の出口を目指す。ちょっと後を振り返る。僕の書類を先ほどの女性の司書さんと男性の司書さんが見て何かを話していた。男性はちょっと困ったという顔をしているように思えた。バレたかもしれない。でも僕に非はない。証明書の提示は求められなかったのだから。盗難防止用のゲートを通過する。誰も追ってこない。走り出したくなるのと押さえるのが大変だった。</p>]]>

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<title>留守電</title>
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<modified>2005-01-14T14:40:07Z</modified>
<issued>2005-01-14T14:28:52Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2005://2.69</id>
<created>2005-01-14T14:28:52Z</created>
<summary type="text/plain">夜泊まり込みでする電話応対のアルバイトをしている。室内には４つの電話機。うち機能してるのは２台。後の２台は「鳴っても触るな。放っておけ」と社員さんに言われているので、今まで何度かかかってきたことはあるが一度も受話器を取ったことはない。 その使っていない方の１台に今朝電話がかかってきた。メタルラックに詰め込まれた数あるパソコンとパソコンの隙間に置いてある電話機でカセットテープ録音の留守電機能がついている。僕もそうだが留守番電話というものが苦手な人はけっこういて、自分がかけた電話が留守番電話だとわかるとすぐに切ってしまう。だから今日かかってきた電話もすぐに切れるだろうと思っていた。けれど今日の先方は受話器に伝言を吹き込みはじめた。 「あの〜・・・ちゃん？　今日約束してたんだけれどー　お葬式が入っちゃったからごめんね。またね」 声質からして多分老年の女性だろうと思う。誰か友達か家族と約束をしていたんだろうか。おばあさんこの電話は間違いなんですよ。と思う。しかし出てはいけない。なんで出ていけないのかは分からないがとにかくそうなのだ。でもそんなの大した問題じゃないよね。どうしようとほんの少し迷ったときはもう電話は切れていた。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
</author>
<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>夜泊まり込みでする電話応対のアルバイトをしている。室内には４つの電話機。うち機能してるのは２台。後の２台は「鳴っても触るな。放っておけ」と社員さんに言われているので、今まで何度かかかってきたことはあるが一度も受話器を取ったことはない。</p>

<p>その使っていない方の１台に今朝電話がかかってきた。メタルラックに詰め込まれた数あるパソコンとパソコンの隙間に置いてある電話機でカセットテープ録音の留守電機能がついている。僕もそうだが留守番電話というものが苦手な人はけっこういて、自分がかけた電話が留守番電話だとわかるとすぐに切ってしまう。だから今日かかってきた電話もすぐに切れるだろうと思っていた。けれど今日の先方は受話器に伝言を吹き込みはじめた。</p>

<p>「あの〜・・・ちゃん？　今日約束してたんだけれどー　お葬式が入っちゃったからごめんね。またね」</p>

<p>声質からして多分老年の女性だろうと思う。誰か友達か家族と約束をしていたんだろうか。おばあさんこの電話は間違いなんですよ。と思う。しかし出てはいけない。なんで出ていけないのかは分からないがとにかくそうなのだ。でもそんなの大した問題じゃないよね。どうしようとほんの少し迷ったときはもう電話は切れていた。</p>]]>

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<title>ニライカナイ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2005/01/post_61.html" />
<modified>2005-01-12T09:42:55Z</modified>
<issued>2005-01-04T14:00:00Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2005://2.68</id>
<created>2005-01-04T14:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">正月にツアーで沖縄に行ったときのこと。沖縄に到着後現地のガイドさんと合流した。女性のバスガイドさんで、すばらしい人だった。場所に合わせて淀みなく景色や現地の風習を説明してくれる。サトウキビ畑の横を通ったときは「ススキではありません。サトウキビです」と笑いをとり、その後朗々とさとうきび畑の歌を歌って「全部歌うと１２番までなので大変です」と落として市街地に入る直前でまとめあげた。バスガイドである彼女は当然進行方向に背を向けておりどうやって景色とのタイミングを計っているのだろうかと不思議に思う。もちろん運転手さんとの息もピッタリで、信号がなかなか変わらないときはサッとバスを降りて歩行者用押しボタン信号を押してすぐにバスに戻ってきた。このガイドさんと比べるのは申し訳ないが、新人と思われる名前を名乗らぬツアーの添乗員さんはぼんやりとイスに座っているだけだった。 ガイドさんの話で一番興味深かったのは沖縄のお墓についてだった。沖縄のお墓は中で人間が生活できるくらい大きく、物置のような形をしている物と亀の甲羅のような形の物がある。物置タイプの墓は場合によって隣の墓と長屋のようになっており、知らなければ墓とは思わないだろう。以前個人旅行で沖縄を訪れたことがある妹は「花が備えてあるから、生き物を入れておく小屋で何かがあったのかと思った」と言った。知らなければそう思っても不思議ではない。沖縄のお墓は未来のお家のような物だとガイドさんは言った。ごく稀だが、墓の中に電気や水道を引いている人もいるという。これは年に１回お墓の前で一族みんなでピクニックをする風習のためだそうだ。 どなたのお墓か存じませんが、勝手に撮りました。ごめんなさい。 ここで僕が興味を抱いたのは埋葬方法。墓があるということは体の一部を墓の中に入れておくのだろう。かつて読んだ本の中に「沖縄ではニライカナイという海の向こうの浄土があり、死者を海に〜」という記述があった。しかしこれでは骨もろとも所在が分からなくなってしまう。沖縄では死者を海に流したりはしないのだろうか。ツアーの途中でガイドさんに「沖縄では死んだ人を海に流すんですか？」と尋ねた。ガイドさんは真顔で目を丸くし僕を見た。多分それは一瞬のことだったんだろうと思うが体感的には２秒くらい。ガイドさんは「いえ、火葬です」と答え、僕も一瞬黙ってすぐに礼を言い座席に戻った。 家に帰ってから家族にそのことを言うと妹が「知識って使い方を間違えるとバカにもなるよね」というようなニュアンスのことをゴニョゴニョと言った。その通りだと思う。...</summary>
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<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.kiritorisen.com/">
<![CDATA[<p>正月にツアーで沖縄に行ったときのこと。沖縄に到着後現地のガイドさんと合流した。女性のバスガイドさんで、すばらしい人だった。場所に合わせて淀みなく景色や現地の風習を説明してくれる。サトウキビ畑の横を通ったときは「ススキではありません。サトウキビです」と笑いをとり、その後朗々とさとうきび畑の歌を歌って「全部歌うと１２番までなので大変です」と落として市街地に入る直前でまとめあげた。バスガイドである彼女は当然進行方向に背を向けておりどうやって景色とのタイミングを計っているのだろうかと不思議に思う。もちろん運転手さんとの息もピッタリで、信号がなかなか変わらないときはサッとバスを降りて歩行者用押しボタン信号を押してすぐにバスに戻ってきた。このガイドさんと比べるのは申し訳ないが、新人と思われる名前を名乗らぬツアーの添乗員さんはぼんやりとイスに座っているだけだった。</p>

<p>ガイドさんの話で一番興味深かったのは沖縄のお墓についてだった。沖縄のお墓は中で人間が生活できるくらい大きく、物置のような形をしている物と亀の甲羅のような形の物がある。物置タイプの墓は場合によって隣の墓と長屋のようになっており、知らなければ墓とは思わないだろう。以前個人旅行で沖縄を訪れたことがある妹は「花が備えてあるから、生き物を入れておく小屋で何かがあったのかと思った」と言った。知らなければそう思っても不思議ではない。沖縄のお墓は未来のお家のような物だとガイドさんは言った。ごく稀だが、墓の中に電気や水道を引いている人もいるという。これは年に１回お墓の前で一族みんなでピクニックをする風習のためだそうだ。</p>

<p><img alt="沖縄のお墓の写真" src="http://www.kiritorisen.com/archives/2005/01/2005_0104.jpg" width="460" height="260" border="0" /><br />
どなたのお墓か存じませんが、勝手に撮りました。ごめんなさい。</p>

<p><br />
ここで僕が興味を抱いたのは埋葬方法。墓があるということは体の一部を墓の中に入れておくのだろう。かつて読んだ本の中に「沖縄ではニライカナイという海の向こうの浄土があり、死者を海に〜」という記述があった。しかしこれでは骨もろとも所在が分からなくなってしまう。沖縄では死者を海に流したりはしないのだろうか。ツアーの途中でガイドさんに「沖縄では死んだ人を海に流すんですか？」と尋ねた。ガイドさんは真顔で目を丸くし僕を見た。多分それは一瞬のことだったんだろうと思うが体感的には２秒くらい。ガイドさんは「いえ、火葬です」と答え、僕も一瞬黙ってすぐに礼を言い座席に戻った。</p>

<p>家に帰ってから家族にそのことを言うと妹が「知識って使い方を間違えるとバカにもなるよね」というようなニュアンスのことをゴニョゴニョと言った。その通りだと思う。<br />
</p>]]>

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<title>体調回復</title>
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<modified>2004-12-08T15:26:16Z</modified>
<issued>2004-12-08T15:19:50Z</issued>
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<created>2004-12-08T15:19:50Z</created>
<summary type="text/plain">体調回復。ジンマシンの陰がうっすらあるので未だ食事制限はあるが、食欲は出てきた。 １１月１２日の日記に書いた、友達から請け負ったＤＢ構築の話が続いており、メールソフトを起動するたびに友達から督促のメールが届いているのではないかとドキドキする日々。自業自得だ。泣きたい。この感覚は３年ぶりに味わうもので、本家は修士論文ギリギリのあの魔の月日である。今彼の存在は研究室のＭ教授に勝るとも劣らぬ威圧感を持っている。マジでごめん。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
</author>
<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>体調回復。ジンマシンの陰がうっすらあるので未だ食事制限はあるが、食欲は出てきた。</p>

<p>１１月１２日の日記に書いた、友達から請け負ったＤＢ構築の話が続いており、メールソフトを起動するたびに友達から督促のメールが届いているのではないかとドキドキする日々。自業自得だ。泣きたい。この感覚は３年ぶりに味わうもので、本家は修士論文ギリギリのあの魔の月日である。今彼の存在は研究室のＭ教授に勝るとも劣らぬ威圧感を持っている。マジでごめん。</p>]]>

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<title>風邪</title>
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<modified>2004-12-07T06:24:41Z</modified>
<issued>2004-12-07T06:23:33Z</issued>
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<summary type="text/plain">風邪をひいた。薬の副作用で口の中が乾燥している。 昨日のバイトは変わってもらったけれど今日は行かなくちゃ。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>風邪をひいた。薬の副作用で口の中が乾燥している。<br />
昨日のバイトは変わってもらったけれど今日は行かなくちゃ。</p>]]>

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<title>思いがけずラッキー</title>
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<modified>2004-12-05T07:20:27Z</modified>
<issued>2004-12-05T07:13:08Z</issued>
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<summary type="text/plain">前回図書館に行ったときに本を返却したところ「一冊足りませんよ」と言われた。そんなはずはないです。全部持ってきましたよ、と言うと司書の方は「いやいやちゃんと機械でやってますから」と言う。そうか気付かなかったと思って家に帰りその本を探してみるが見つからない。 そうして数週間後の今日、覚悟を決めて図書館へ。けど少し後ろめたい気持ちだったのでいつもとは違う分館へ行く。先日とは別の司書の方にこんにちは。すいません先日「本を返していないよ」と言われた者ですがどうしても見つからないので弁償させてください。司書の方がピッと僕の図書カードのバーコードリーダを読みとると「あら　ありませんね　全部返されてますよ」との言葉。拍子抜けして確認するとやはり全部返却ということになっている。内心本館の奴らめ等と思っていたが目の前の司書さんには関係がないので精一杯の笑顔でありがとうございましたと言って帰ってきた。 帰り道、もしかしたら本当にどこかに本を置きっぱなしにしてそれを見た誰かが届けてくれたのかなとも思う。どうせどちらか分からないのでそうだったんだと思うことにしよう。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>前回図書館に行ったときに本を返却したところ「一冊足りませんよ」と言われた。そんなはずはないです。全部持ってきましたよ、と言うと司書の方は「いやいやちゃんと機械でやってますから」と言う。そうか気付かなかったと思って家に帰りその本を探してみるが見つからない。</p>

<p>そうして数週間後の今日、覚悟を決めて図書館へ。けど少し後ろめたい気持ちだったのでいつもとは違う分館へ行く。先日とは別の司書の方にこんにちは。すいません先日「本を返していないよ」と言われた者ですがどうしても見つからないので弁償させてください。司書の方がピッと僕の図書カードのバーコードリーダを読みとると「あら　ありませんね　全部返されてますよ」との言葉。拍子抜けして確認するとやはり全部返却ということになっている。内心本館の奴らめ等と思っていたが目の前の司書さんには関係がないので精一杯の笑顔でありがとうございましたと言って帰ってきた。</p>

<p>帰り道、もしかしたら本当にどこかに本を置きっぱなしにしてそれを見た誰かが届けてくれたのかなとも思う。どうせどちらか分からないのでそうだったんだと思うことにしよう。</p>]]>

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<title>右クリックメニューに&quot;リンク先を開く&quot;</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2004/12/post_57.html" />
<modified>2004-12-08T15:27:40Z</modified>
<issued>2004-12-04T15:19:36Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2004://2.64</id>
<created>2004-12-04T15:19:36Z</created>
<summary type="text/plain">windows環境でデスクトップにショートカットをたくさん置いており、その上ファイルの移動なんかをやたらたくさんやっている人のために これの存在を知る前までは、まずショートカットを選択し右クリックしてプロパティを開いて「リンク先を探す」をクリック、とやっていたのです。便利です。右クリックするとずらっといろいろ出てきてウザいと思ってしまう方には向きませんが、そうでない方は是非。 ショートカットメニュー+ ウィンドウズ用便利ツール（フリーウェア）...</summary>
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<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>リンク</dc:subject>
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<![CDATA[<p>windows環境でデスクトップにショートカットをたくさん置いており、その上ファイルの移動なんかをやたらたくさんやっている人のために</p>

<p>これの存在を知る前までは、まずショートカットを選択し右クリックしてプロパティを開いて「リンク先を探す」をクリック、とやっていたのです。便利です。右クリックするとずらっといろいろ出てきてウザいと思ってしまう方には向きませんが、そうでない方は是非。</p>

<p><a href="http://www.vector.co.jp/soft/win95/util/se341040.html">ショートカットメニュー+ </a><br />
ウィンドウズ用便利ツール（フリーウェア）</p>]]>

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<title>体重</title>
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<modified>2004-12-04T15:16:41Z</modified>
<issued>2004-12-04T15:14:51Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2004://2.63</id>
<created>2004-12-04T15:14:51Z</created>
<summary type="text/plain">久しぶりに体重計に乗ったら裸状態で８５．８ｋｇあった。最後に計ったとき秋の終わりの頃は８２．８ｋｇ　台湾旅行やらなんやらで３ｋｇ太ったことになる。洗いたてのジーンズが霜降りの腹筋に食い込み痛い。今日からまたコツコツ計っていこう。...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
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<![CDATA[<p>久しぶりに体重計に乗ったら裸状態で８５．８ｋｇあった。最後に計ったとき秋の終わりの頃は８２．８ｋｇ　台湾旅行やらなんやらで３ｋｇ太ったことになる。洗いたてのジーンズが霜降りの腹筋に食い込み痛い。今日からまたコツコツ計っていこう。</p>]]>

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<title>ホーネットグリーンの誘惑。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2004/12/post_56.html" />
<modified>2004-12-04T14:45:59Z</modified>
<issued>2004-12-04T12:05:58Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2004://2.62</id>
<created>2004-12-04T12:05:58Z</created>
<summary type="text/plain">talby というAUの携帯を買おうと思っている。色は３種類。基本は銀と黒で強調色としてオレンジと明るいグリーン（公式にはホーネットグリーン）と黒が用意されている。待ち受け画面の汎用さから色は絶対黒だよねと思っていたが、namcoの塊魂のＨＰを見ていたら、王子カラーに併せてホーネットグリーンに興味が涌いてきた。絶対すぐ飽きると分かっているのにこの衝動が続いている。落ち着け落ち着け。携帯なんて一度買ったら１年以上使うんだぞ。 塊魂 talby...</summary>
<author>
<name>Benny Delon</name>
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<email>benny_delon@hotmail.com</email>
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<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.kiritorisen.com/">
<![CDATA[<p>talby というAUの携帯を買おうと思っている。色は３種類。基本は銀と黒で強調色としてオレンジと明るいグリーン（公式にはホーネットグリーン）と黒が用意されている。待ち受け画面の汎用さから色は絶対黒だよねと思っていたが、namcoの塊魂のＨＰを見ていたら、王子カラーに併せてホーネットグリーンに興味が涌いてきた。絶対すぐ飽きると分かっているのにこの衝動が続いている。落ち着け落ち着け。携帯なんて一度買ったら１年以上使うんだぞ。</p>

<p><a href="http://katamaridamacy.jp/contents.html">塊魂</a><br />
<a href="http://www.au.kddi.com/au_design_project/seihin/talby/">talby</a></p>]]>
<![CDATA[<p>試しに作ってみた。<br />
talby + 塊魂 =<br />
<img alt="2004_1204talby-damacy.jpg" src="http://www.kiritorisen.com/archives/2004_1204talby-damacy.jpg" width="101" height="291" border="0" /><br />
カッコヨスギ</p>]]>
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<title>台湾旅行初日</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.kiritorisen.com/archivs/2004/11/post_54.html" />
<modified>2004-11-30T05:58:25Z</modified>
<issued>2004-11-21T14:00:00Z</issued>
<id>tag:www.kiritorisen.com,2004://2.61</id>
<created>2004-11-21T14:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">機体にはエヴァンゲリオンで見たエントリープラグの非常出口と同じ耐圧壁のノブ（？）があった。ここから先が飛行機。 乗降用の廊下と機体の境目に新聞が置いてあった。中では暇だろうと咄嗟に手を伸ばしたが、相場より高い追加料金を取られてしまったら嫌だと思い、スチュワーデスさんにいいですかと尋ねようとしたが日本語が通じなかった。とりあえず「知らなかったんです」と言い訳ができるようにあいまいな態度で会釈をして中に入った。 座り続けていると病気になり最悪死ぬと言われる椅子は前評判どおり狭かったが、意外にも足は伸ばせた。右手にある小さな窓から外を覗くと自分が主翼の付け根の上にいるのが分かる。今いる位置から一番遠い翼の端には白い明かりがついていた。すぐ近くの翼の下にはボウリングのピンに似た白い物体、ジェットエンジンが見える。緊張からか「駐機中にあれの前に人が立ってうっかりエンジン吹かしちゃったりすると吸い込まれちゃうんですよ」なんて、隣の先生にいらんトリビアを披露してみた。「へー」と気のない返事。先生は僕を見てニヤニヤしているようだった。自分のいる位置を確認してから僕は前の座席背部のポケットから酸素マスクと救命胴衣の使い方が書いてあるプラスティックの下敷きのようなものを出して内容を覚えようとした。説明は英語と中国語であったがイラストが大きく描かれていたので自分が理解したことで多分合っていると思う。 頭を上げると左側の通路の一番奥の天井にあるモニターで映像とともに救命胴衣の使い方の説明が行われていたのでそれで確認をする。そこでは飛行機が海に墜落した際、波間に浮かぶ胴体から黄色いゴムボート兼滑り台が出てそれがどんな風に使われるのかが示されていた。恐る恐る乗る絵には大きくバツが、勢い良く飛び乗る絵には丸が描かれている。中学校時代に避難訓練で使った白い不燃布の滑り台に似ていると思った。クラスで一人誰かが代表で滑らなければならないやつだ。僕は幼児の頃から高い滑り台が苦手だったのでそのときもちろん辞退した。４０人近く生徒がいれば誰かしら率先してやる奴は出てくる。しかしこんなことだったら一度は滑ってみるべきだった。実際の避難は自分にしかできないのだから。 今回の旅の同行者である５人の女性は皆一様に楽しそうだった。横２列縦３列で機体右窓際に座り、僕は一番後ろの右側の席。顔は見えなくても彼女達の様子が伝わる。僕も雰囲気の呑まれ少し笑う。すると左隣に座っていた先生がそんな僕を見て笑った。「それを使うシチュエーションになったら多分生きていないから」　慰めになっていない。もし墜落するようなことになったらデジカメの動画撮影で自分の最後の挨拶を残そうと思った。御巣鷹山に飛行機が落ちたとき乗客が遺したメモが思い出される。 皆がシートベルトをつけ始めた。酸素マスクは意味がなくてもベルトは意味があるのかと思う。そうして離陸予定時刻になると何のアナウンスもなく飛行機は動き出した。外の景色を見ているとただの車のようだ。辺りは既に暗くただ滑走路へ向かう、これがタキシングか。真っ黒い地面には黒地に黄色で数字とアルファベットが書かれた横長の電光看板、それにラベンダーブルーとグリーンのライトがポツリポツリとＬＥＤのように光って見えた。ライトは飛行機が通るべき道を表しているようだった。時々赤いライトも見える。綺麗だ。これから話に聞く腹にぐっと来る加速がやってくるのだろう。幻想的な風景と諦めのせいか段々緊張はほぐれウキウキ８割、緊張２割の心持で機内は大きな風の音に包まれた。ゲームでしか聞いたことのなかった音。飛行機事故の殆どは離着陸時に起きる。飛んでしまえば心配事の半分はなくなるはずだ。 すっと地面が離れていった。ぐっと来るはずの加速感はない。視線を前に戻すと機体が２０度くらい仰角になっているのが分かった。テレビで陽炎の向こうからやってくる飛行機はもっと急な角度だったような気がする。下を見ると夜の中光る街灯や車のライトが見えた。まだ低いところを飛んでいる。そのまま見続けると高度をさらに上げ電車でトンネルに入ったときのような耳鳴りがやってきた。カラカラに乾いた口から無理やり唾を出し飲む。外には一定の規則で散りばめられたフラクタルな光の点々。それらが平らな黒い布に刺繍されているようだ。唾を何度か飲みながら見続けていると地面はゆっくりと左回転しながら３０度くらいにになろうと立ち上がってきた。つまり機体が右にロールしているのだが、全く感じられない。エルロンが動いている様子はない。以前本で戦闘機乗りが平衡感覚を無くして上下逆さまに飛び続けた話を読んだときは信じられない思いだったが、今経験して納得した。離陸直後の旅客機でさえこうなのだ。 一頃ほどではないが機体は相変わらず上昇を続けている。翼が雲にまとわりつかれると機体は少し揺れた。月や星が見えないかと上を見ようと窓に頬を近づけ狭い窓から上を覗こうとしたが何も見えなかった。足元にはまだ街の明かりが見える。「国内線と違ってまだまだ上がるわよ」と先生は言った。この頃になると不安はなくなっていた。水平安定飛行ではなかったがもう落ちることはないだろう。足元にオレンジ色の短い光が等間隔に並んでいるのが見えた。多分家の近所にある自衛隊の基地だろうと前の席の娘に言うと「まさか、とっくに過ぎているんじゃない？」と先生は答えた。速度が良く分からない。時々トンネルに入ったように耳が痛くなり唾を飲む。 水平飛行を始める頃に機内食の時間となった。スチュワーデスさんが手にトレイを持ちその上に白い丸いものをいくつか乗せ、パン屋やお惣菜屋で見かけるトングでそれらを順番に客に渡していた。客はそれを手にとっている。まさか手づかみかと思ったが来てみればただのおしぼりだった。 今度は別の人が銀色のワゴンにトレイに乗せた食べ物をたくさん詰め込んで配り始めた。僕のところまで来ると英語で&quot;pork or seafood?&quot;と聞く。先生が&quot;fish?&quot;と聞くと&quot;No, fish.&quot;と返事。結局僕はポークを、先生はシーフードを頼んだ。比べるとほぼ同じ内容だったが、トレイ中央にある直方体の箱を覆う銀紙の色が違った。僕は銀、先生は金。はがして裏を見るとリバーシブルになっている。僕のポークは白米の上に甘辛く味付けされたお肉が乗っている。想像よりかなり美味しい。この分だと刑務所のご飯も意外と美味しいのかも。先生の方には素うどんの上に貝が入ったソースが乗っていた。確かに魚はない。 適度な量の食事を終えるとあくびが出た。まだ２２時くらいだが慣れない環境で疲れてしまったようだ。機内では食後のワインが振舞われていたが酒が呑めない僕はコーヒーを一杯頼みぼんやりとする。前の席の隙間から友達の赤ら顔が見えた。 僕の席の後ろの人には悪いが少しだけリクライニングして眠ることにする。外はもう真っ暗で翼の先端のライトとエンジンの縁に反射する白い光しか見えない。あの山に落ちた飛行機やビルに突っ込んだ飛行機のことを一瞬考えた。こんな物を作る人がいて乗る人がいて落とす人もいる。 目覚めると２枚の紙が配られてきた。「入境登記表」と「伝染病防制調査表」ガイドブックに書き方が載っていた。発行者はどちらも中華民国。ここに台湾の微妙な立場が見える。 飛行機は高度を下げて来ているようだった。遠く西の空では雷が発生しているようで雲が時々光った。僕の左前の席には雷が大好きでそれを撮影するためバルブ機能付のカメラを買おうか真剣に悩んでいるＳちゃんが座っていた。彼女に教えてあげようとしたが彼女も自分で見つけたようで「ほらＤ君雷だよ！」と小声ながらも興奮した口調で言った。他の女の子達も雷を見ようとしたが次の稲光はなかなか光らず、そうしている間に翼先端下部の白いストロボライトが光りだした。着陸が近い。機内の明かりが暗くなった。シートベルトを締める。離陸時には緊張の余り気が回らなかったが、この座席からなら機体の水平位置を制御するエルロンと呼ばれる翼の部分の動きが見えるかなと目を凝らすがそれらしき動きはない。 機体は雲に入ったようで、１秒〜１．５秒程度の周期で光るでストロボライトが霞の中に翼の形を浮き上がらせ幻想的な光景を作った。雲を抜けると丁度海と陸地との境が見えた。海は基本的に光源がないので黒い。これに対し陸地は街灯等に覆われているので明るいのだ。台湾の明かりは日本の黄色と比べて全体的にオレンジ色だった。そこを蛇行する整備された長い道路。多分高速道路だ。車はあまり通っていない。 ここに来て初めて僕は外国が確かに存在するのだと認識した。生まれてこの方外国は新聞やテレビなどの向こうにしかなかった。ずっと概念だけ。それがこれから感じられるようになる。陸地、言葉、文化、人などハードとソフト両方において日本と違う物が丸まる一つ僕の前に展開されようとしている。これが国なのだと思った。こんなのを相手に動く政治家は実は偉いのではないかとも思う。僕は一人感動していた。これを知らずに僕は２７年間生きてきた！ 風景を写真に撮っておきたいと思ったが着陸時にはデジカメ等の電源を切らなければならない。慣れた人は撮るだろう。実際僕の前の席の高校生Ｍはデジカメのモニターをオフにしながらも手ぶれ補正付カメラで外を撮っていた。僕にも撮りたいという欲求とそんなことで落ちるわけないという理性が働いたが、ＣＤプレイヤー１つのせいで空路を引き返した飛行機の話の恐怖がそれを圧倒して何も撮れなかった。 高度はかなり下がっているようで機体が発する光で地面が見えてきた。鉛直方向にすごい衝撃がくるかと思ったがすべるように接地。しかしゴーッという音が機体を包んだ。以前テレビで滑走路を掃除する人々の仕事が紹介されていたが、それでもこれだけのノイズがある。窓から滑走路脇のレドームが見えた。 着陸して一旦止まると気の早い人はもう席を立ち荷物を下ろし始めたが、ゲートが込んでいるとかで飛行機を降りることはまだできなかった。窓からは駐機するいくつかの飛行機の後方が見える。飛行機は再び動き出した。外を見ていると時速十キロは出ていると思ったが何の加速感も感じなかった。車よりも巨大な体に車よりも繊細な速度コントロール。こんなものを作り出した人間に畏敬を感じる。 飛行機を降りて空港に入る。ここの空港は窓が薄い青緑色で冷たいイメージがした。動く歩道のある長い廊下を進むと機内で書いた２つの書類を提出する場所があり、その先にパスポートを提出する窓口が１０以上並んでいた。窓口の上にはＬＥＤの掲示板が中国語と英語で何かを知らせていた。多分帰国者と入国者で受付が違うのだろうと想像し、入国者用の窓口に並ぶ。並んでいる間に、今回台湾を案内してくれる友達のＨさんに成田空港で借りたFOMAの外国用携帯電話をＳちゃんとＭが設定していた。出国する前Ｈさんから僕に送られてきたＨさんの携帯電話に連絡してみる。しかし英語で「つながりません」とアナウンス。設定が悪いのかと彼女達は思っているようだったが、僕としては電話番号間違えていたらどうしようと心配していた。 入国者用の窓口は全体の三分の一くらいで人数も比較的に少なかったが、帰国者はどんどん審査を終え奥に進んで行った。空いた帰国者用窓口の人達は並んでもいいですよと手招きしてくれた。通過するときに試しに「謝謝」と言ってみると、係りの人は少し笑ったようだった。 ホールに出るとそこに現地ツアーガイドの男性が旗を持って待っていた。斉藤洋介が少し太ったような人だった。時刻は0時近い。疲れながらもこれからの期待感で僕らは笑顔だった。ガイドさんとバス乗り場へ向かう。外はかなり空気が悪かった。目には見えないが、煤がノドの奥に勝手に もぐりこんで来る気がする。バスに排気ガス規制なんてないのだろう。ガイドさんは僕等にここで待っているよう伝えるとどこかへ行ってしまった。夜の空港。時間のせいかそういう決まりなのかバス乗り場は薄暗かった。そこへピンクと紫に塗られた二階建てバスが横付けする。窓には白いレースのカーテンがかかっていた。写真係の僕としては是非撮らなければならないと重いそのバスの後部に回りこむとテールランプが赤と青の２色。派手なのか台湾がこういうルールなのか良く分からない。けれど光の量が足りなくてぶれてしまった。乗り込もうとすると遠くから先ほどのガイドさんが「それじゃないです」と教えてくれた。派手なバスは去り次にやってきたのは三菱のボロいワゴン。つい苦笑。車体側部に僕らが利用しているツアーの文字が入っていた。 バスは３車線の高速道路を進む。左右の明かりの色から機内から見えた道だと思う。ガイドさんは助手席近くに立ち僕らを見ながらギャグを交えつつ片言の日本で自己紹介や台湾の気候などを教えてくれた。僕等は笑うべきだろうと疲れを隠しつつ笑っていた。車は郊外を走っているようだった。ホテルのある台北市内までは４０分ほどかかるという。大きな川の脇を通る頃には建物が高くなり台北が近いのかなと思う。といっても日本にあるようなビルではなく、日本の古い公団住宅がそのまま高層化したようなデザインで、あちらこちらの窓からクーラーの室外機がニョキニョキ生えていた。これと同じものを僕は九龍城砦の写真集で見たことがある。中学生の頃行ってみたいと思っていたそれはもうなくなってしまったが、同じような物なら台湾にもあると分かり嬉しくなった。 ガイドさんの説明はまだ続いていた。ガイドさんは旅の予定を尋ねていた。今回の旅の目的は、かつて僕等の職場で働いていた、現在は台湾に語学留学しているＨさんという女の子に台湾を案内してもらうことだった。だから明日以降の予定はまだ決まっていない。ガイドさんに「予定は決まっていない」と答えるとガイドさんは「じゃあワタシが案内します。考えてください」といって値段が書かれたオプションガイドを配り始めた。僕等は断ろうと思っていたが、今回のリーダーは飛行機で僕の左に座っていた先生なので僕は黙っていることにした。 車がホテルに到着。ホテルは台北市内の中心部近くにあったが車の通りは殆どない。チェックインはガイドさんがやってくれたが、営業はしつこく続いていた。ガイドさんはもう一度内容を説明し、さらに値引きまでする。皆からは徐々に笑顔が消えていった。先生は性格なのかやんわりと断ろうとしている。けれど僕としてはさっさと寝て明日に備えたいので、先生に発言の許可をもらってから端的に理由を述べガイドさんには帰ってもらった。 部屋に入っても僕等の気分は回復しなかった。ツアー会社には自由行動を申請してあり、ガイドさんも会社からお金をもらっているはずなのに。こんなときに限って先生が香港でサイフをすられた話をする。「台湾は怖い場所」という認識が刷り込まれ、外を出歩くのも嫌になってしまった。出国前は夜市に行ってみようと思っていたのに。いろんな意味で疲れた僕等は今日はもう寝ることにした。僕は自分の部屋に戻りからＨさんに電話をかけてみたがやはりつながらない。不安からか日頃の夜型生活のせいか眠れず窓から台北駅前を撮ったり現地のテレビを見たりする。結局この日は最後に撮った写真のexifデータより最低でも朝3時半まで起きていたと分かる。...</summary>
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<name>Benny Delon</name>
<url>http://kiritorisen.com/</url>
<email>benny_delon@hotmail.com</email>
</author>
<dc:subject>思い出し記録</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="en" xml:base="http://www.kiritorisen.com/">
<![CDATA[<p>機体にはエヴァンゲリオンで見たエントリープラグの非常出口と同じ耐圧壁のノブ（？）があった。ここから先が飛行機。</p>

<p>乗降用の廊下と機体の境目に新聞が置いてあった。中では暇だろうと咄嗟に手を伸ばしたが、相場より高い追加料金を取られてしまったら嫌だと思い、スチュワーデスさんにいいですかと尋ねようとしたが日本語が通じなかった。とりあえず「知らなかったんです」と言い訳ができるようにあいまいな態度で会釈をして中に入った。</p>

<p>座り続けていると病気になり最悪死ぬと言われる椅子は前評判どおり狭かったが、意外にも足は伸ばせた。右手にある小さな窓から外を覗くと自分が主翼の付け根の上にいるのが分かる。今いる位置から一番遠い翼の端には白い明かりがついていた。すぐ近くの翼の下にはボウリングのピンに似た白い物体、ジェットエンジンが見える。緊張からか「駐機中にあれの前に人が立ってうっかりエンジン吹かしちゃったりすると吸い込まれちゃうんですよ」なんて、隣の先生にいらんトリビアを披露してみた。「へー」と気のない返事。先生は僕を見てニヤニヤしているようだった。自分のいる位置を確認してから僕は前の座席背部のポケットから酸素マスクと救命胴衣の使い方が書いてあるプラスティックの下敷きのようなものを出して内容を覚えようとした。説明は英語と中国語であったがイラストが大きく描かれていたので自分が理解したことで多分合っていると思う。</p>

<p>頭を上げると左側の通路の一番奥の天井にあるモニターで映像とともに救命胴衣の使い方の説明が行われていたのでそれで確認をする。そこでは飛行機が海に墜落した際、波間に浮かぶ胴体から黄色いゴムボート兼滑り台が出てそれがどんな風に使われるのかが示されていた。恐る恐る乗る絵には大きくバツが、勢い良く飛び乗る絵には丸が描かれている。中学校時代に避難訓練で使った白い不燃布の滑り台に似ていると思った。クラスで一人誰かが代表で滑らなければならないやつだ。僕は幼児の頃から高い滑り台が苦手だったのでそのときもちろん辞退した。４０人近く生徒がいれば誰かしら率先してやる奴は出てくる。しかしこんなことだったら一度は滑ってみるべきだった。実際の避難は自分にしかできないのだから。</p>

<p>今回の旅の同行者である５人の女性は皆一様に楽しそうだった。横２列縦３列で機体右窓際に座り、僕は一番後ろの右側の席。顔は見えなくても彼女達の様子が伝わる。僕も雰囲気の呑まれ少し笑う。すると左隣に座っていた先生がそんな僕を見て笑った。「それを使うシチュエーションになったら多分生きていないから」　慰めになっていない。もし墜落するようなことになったらデジカメの動画撮影で自分の最後の挨拶を残そうと思った。御巣鷹山に飛行機が落ちたとき乗客が遺したメモが思い出される。</p>

<p>皆がシートベルトをつけ始めた。酸素マスクは意味がなくてもベルトは意味があるのかと思う。そうして離陸予定時刻になると何のアナウンスもなく飛行機は動き出した。外の景色を見ているとただの車のようだ。辺りは既に暗くただ滑走路へ向かう、これがタキシングか。真っ黒い地面には黒地に黄色で数字とアルファベットが書かれた横長の電光看板、それにラベンダーブルーとグリーンのライトがポツリポツリとＬＥＤのように光って見えた。ライトは飛行機が通るべき道を表しているようだった。時々赤いライトも見える。綺麗だ。これから話に聞く腹にぐっと来る加速がやってくるのだろう。幻想的な風景と諦めのせいか段々緊張はほぐれウキウキ８割、緊張２割の心持で機内は大きな風の音に包まれた。ゲームでしか聞いたことのなかった音。飛行機事故の殆どは離着陸時に起きる。飛んでしまえば心配事の半分はなくなるはずだ。</p>

<p>すっと地面が離れていった。ぐっと来るはずの加速感はない。視線を前に戻すと機体が２０度くらい仰角になっているのが分かった。テレビで陽炎の向こうからやってくる飛行機はもっと急な角度だったような気がする。下を見ると夜の中光る街灯や車のライトが見えた。まだ低いところを飛んでいる。そのまま見続けると高度をさらに上げ電車でトンネルに入ったときのような耳鳴りがやってきた。カラカラに乾いた口から無理やり唾を出し飲む。外には一定の規則で散りばめられたフラクタルな光の点々。それらが平らな黒い布に刺繍されているようだ。唾を何度か飲みながら見続けていると地面はゆっくりと左回転しながら３０度くらいにになろうと立ち上がってきた。つまり機体が右にロールしているのだが、全く感じられない。エルロンが動いている様子はない。以前本で戦闘機乗りが平衡感覚を無くして上下逆さまに飛び続けた話を読んだときは信じられない思いだったが、今経験して納得した。離陸直後の旅客機でさえこうなのだ。</p>

<p>一頃ほどではないが機体は相変わらず上昇を続けている。翼が雲にまとわりつかれると機体は少し揺れた。月や星が見えないかと上を見ようと窓に頬を近づけ狭い窓から上を覗こうとしたが何も見えなかった。足元にはまだ街の明かりが見える。「国内線と違ってまだまだ上がるわよ」と先生は言った。この頃になると不安はなくなっていた。水平安定飛行ではなかったがもう落ちることはないだろう。足元にオレンジ色の短い光が等間隔に並んでいるのが見えた。多分家の近所にある自衛隊の基地だろうと前の席の娘に言うと「まさか、とっくに過ぎているんじゃない？」と先生は答えた。速度が良く分からない。時々トンネルに入ったように耳が痛くなり唾を飲む。</p>

<p>水平飛行を始める頃に機内食の時間となった。スチュワーデスさんが手にトレイを持ちその上に白い丸いものをいくつか乗せ、パン屋やお惣菜屋で見かけるトングでそれらを順番に客に渡していた。客はそれを手にとっている。まさか手づかみかと思ったが来てみればただのおしぼりだった。</p>

<p>今度は別の人が銀色のワゴンにトレイに乗せた食べ物をたくさん詰め込んで配り始めた。僕のところまで来ると英語で"pork or seafood?"と聞く。先生が"fish?"と聞くと"No, fish."と返事。結局僕はポークを、先生はシーフードを頼んだ。比べるとほぼ同じ内容だったが、トレイ中央にある直方体の箱を覆う銀紙の色が違った。僕は銀、先生は金。はがして裏を見るとリバーシブルになっている。僕のポークは白米の上に甘辛く味付けされたお肉が乗っている。想像よりかなり美味しい。この分だと刑務所のご飯も意外と美味しいのかも。先生の方には素うどんの上に貝が入ったソースが乗っていた。確かに魚はない。</p>

<p>適度な量の食事を終えるとあくびが出た。まだ２２時くらいだが慣れない環境で疲れてしまったようだ。機内では食後のワインが振舞われていたが酒が呑めない僕はコーヒーを一杯頼みぼんやりとする。前の席の隙間から友達の赤ら顔が見えた。</p>

<p>僕の席の後ろの人には悪いが少しだけリクライニングして眠ることにする。外はもう真っ暗で翼の先端のライトとエンジンの縁に反射する白い光しか見えない。あの山に落ちた飛行機やビルに突っ込んだ飛行機のことを一瞬考えた。こんな物を作る人がいて乗る人がいて落とす人もいる。</p>

<p>目覚めると２枚の紙が配られてきた。「入境登記表」と「伝染病防制調査表」ガイドブックに書き方が載っていた。発行者はどちらも中華民国。ここに台湾の微妙な立場が見える。</p>

<p>飛行機は高度を下げて来ているようだった。遠く西の空では雷が発生しているようで雲が時々光った。僕の左前の席には雷が大好きでそれを撮影するためバルブ機能付のカメラを買おうか真剣に悩んでいるＳちゃんが座っていた。彼女に教えてあげようとしたが彼女も自分で見つけたようで「ほらＤ君雷だよ！」と小声ながらも興奮した口調で言った。他の女の子達も雷を見ようとしたが次の稲光はなかなか光らず、そうしている間に翼先端下部の白いストロボライトが光りだした。着陸が近い。機内の明かりが暗くなった。シートベルトを締める。離陸時には緊張の余り気が回らなかったが、この座席からなら機体の水平位置を制御するエルロンと呼ばれる翼の部分の動きが見えるかなと目を凝らすがそれらしき動きはない。</p>

<p>機体は雲に入ったようで、１秒〜１．５秒程度の周期で光るでストロボライトが霞の中に翼の形を浮き上がらせ幻想的な光景を作った。雲を抜けると丁度海と陸地との境が見えた。海は基本的に光源がないので黒い。これに対し陸地は街灯等に覆われているので明るいのだ。台湾の明かりは日本の黄色と比べて全体的にオレンジ色だった。そこを蛇行する整備された長い道路。多分高速道路だ。車はあまり通っていない。</p>

<p>ここに来て初めて僕は外国が確かに存在するのだと認識した。生まれてこの方外国は新聞やテレビなどの向こうにしかなかった。ずっと概念だけ。それがこれから感じられるようになる。陸地、言葉、文化、人などハードとソフト両方において日本と違う物が丸まる一つ僕の前に展開されようとしている。これが国なのだと思った。こんなのを相手に動く政治家は実は偉いのではないかとも思う。僕は一人感動していた。これを知らずに僕は２７年間生きてきた！</p>

<p>風景を写真に撮っておきたいと思ったが着陸時にはデジカメ等の電源を切らなければならない。慣れた人は撮るだろう。実際僕の前の席の高校生Ｍはデジカメのモニターをオフにしながらも手ぶれ補正付カメラで外を撮っていた。僕にも撮りたいという欲求とそんなことで落ちるわけないという理性が働いたが、ＣＤプレイヤー１つのせいで空路を引き返した飛行機の話の恐怖がそれを圧倒して何も撮れなかった。</p>

<p>高度はかなり下がっているようで機体が発する光で地面が見えてきた。鉛直方向にすごい衝撃がくるかと思ったがすべるように接地。しかしゴーッという音が機体を包んだ。以前テレビで滑走路を掃除する人々の仕事が紹介されていたが、それでもこれだけのノイズがある。窓から滑走路脇のレドームが見えた。</p>

<p>着陸して一旦止まると気の早い人はもう席を立ち荷物を下ろし始めたが、ゲートが込んでいるとかで飛行機を降りることはまだできなかった。窓からは駐機するいくつかの飛行機の後方が見える。飛行機は再び動き出した。外を見ていると時速十キロは出ていると思ったが何の加速感も感じなかった。車よりも巨大な体に車よりも繊細な速度コントロール。こんなものを作り出した人間に畏敬を感じる。</p>

<p>飛行機を降りて空港に入る。ここの空港は窓が薄い青緑色で冷たいイメージがした。動く歩道のある長い廊下を進むと機内で書いた２つの書類を提出する場所があり、その先にパスポートを提出する窓口が１０以上並んでいた。窓口の上にはＬＥＤの掲示板が中国語と英語で何かを知らせていた。多分帰国者と入国者で受付が違うのだろうと想像し、入国者用の窓口に並ぶ。並んでいる間に、今回台湾を案内してくれる友達のＨさんに成田空港で借りたFOMAの外国用携帯電話をＳちゃんとＭが設定していた。出国する前Ｈさんから僕に送られてきたＨさんの携帯電話に連絡してみる。しかし英語で「つながりません」とアナウンス。設定が悪いのかと彼女達は思っているようだったが、僕としては電話番号間違えていたらどうしようと心配していた。</p>

<p>入国者用の窓口は全体の三分の一くらいで人数も比較的に少なかったが、帰国者はどんどん審査を終え奥に進んで行った。空いた帰国者用窓口の人達は並んでもいいですよと手招きしてくれた。通過するときに試しに「謝謝」と言ってみると、係りの人は少し笑ったようだった。</p>

<p>ホールに出るとそこに現地ツアーガイドの男性が旗を持って待っていた。斉藤洋介が少し太ったような人だった。時刻は0時近い。疲れながらもこれからの期待感で僕らは笑顔だった。ガイドさんとバス乗り場へ向かう。外はかなり空気が悪かった。目には見えないが、煤がノドの奥に勝手に<br />
もぐりこんで来る気がする。バスに排気ガス規制なんてないのだろう。ガイドさんは僕等にここで待っているよう伝えるとどこかへ行ってしまった。夜の空港。時間のせいかそういう決まりなのかバス乗り場は薄暗かった。そこへピンクと紫に塗られた二階建てバスが横付けする。窓には白いレースのカーテンがかかっていた。写真係の僕としては是非撮らなければならないと重いそのバスの後部に回りこむとテールランプが赤と青の２色。派手なのか台湾がこういうルールなのか良く分からない。けれど光の量が足りなくてぶれてしまった。乗り込もうとすると遠くから先ほどのガイドさんが「それじゃないです」と教えてくれた。派手なバスは去り次にやってきたのは三菱のボロいワゴン。つい苦笑。車体側部に僕らが利用しているツアーの文字が入っていた。</p>

<p>バスは３車線の高速道路を進む。左右の明かりの色から機内から見えた道だと思う。ガイドさんは助手席近くに立ち僕らを見ながらギャグを交えつつ片言の日本で自己紹介や台湾の気候などを教えてくれた。僕等は笑うべきだろうと疲れを隠しつつ笑っていた。車は郊外を走っているようだった。ホテルのある台北市内までは４０分ほどかかるという。大きな川の脇を通る頃には建物が高くなり台北が近いのかなと思う。といっても日本にあるようなビルではなく、日本の古い公団住宅がそのまま高層化したようなデザインで、あちらこちらの窓からクーラーの室外機がニョキニョキ生えていた。これと同じものを僕は九龍城砦の写真集で見たことがある。中学生の頃行ってみたいと思っていたそれはもうなくなってしまったが、同じような物なら台湾にもあると分かり嬉しくなった。</p>

<p>ガイドさんの説明はまだ続いていた。ガイドさんは旅の予定を尋ねていた。今回の旅の目的は、かつて僕等の職場で働いていた、現在は台湾に語学留学しているＨさんという女の子に台湾を案内してもらうことだった。だから明日以降の予定はまだ決まっていない。ガイドさんに「予定は決まっていない」と答えるとガイドさんは「じゃあワタシが案内します。考えてください」といって値段が書かれたオプションガイドを配り始めた。僕等は断ろうと思っていたが、今回のリーダーは飛行機で僕の左に座っていた先生なので僕は黙っていることにした。</p>

<p>車がホテルに到着。ホテルは台北市内の中心部近くにあったが車の通りは殆どない。チェックインはガイドさんがやってくれたが、営業はしつこく続いていた。ガイドさんはもう一度内容を説明し、さらに値引きまでする。皆からは徐々に笑顔が消えていった。先生は性格なのかやんわりと断ろうとしている。けれど僕としてはさっさと寝て明日に備えたいので、先生に発言の許可をもらってから端的に理由を述べガイドさんには帰ってもらった。</p>

<p>部屋に入っても僕等の気分は回復しなかった。ツアー会社には自由行動を申請してあり、ガイドさんも会社からお金をもらっているはずなのに。こんなときに限って先生が香港でサイフをすられた話をする。「台湾は怖い場所」という認識が刷り込まれ、外を出歩くのも嫌になってしまった。出国前は夜市に行ってみようと思っていたのに。いろんな意味で疲れた僕等は今日はもう寝ることにした。僕は自分の部屋に戻りからＨさんに電話をかけてみたがやはりつながらない。不安からか日頃の夜型生活のせいか眠れず窓から台北駅前を撮ったり現地のテレビを見たりする。結局この日は最後に撮った写真のexifデータより最低でも朝3時半まで起きていたと分かる。</p>]]>

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